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     クラシック音楽夜話 Op.106 2003年9月28日(日)

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             風が泣いている……

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◆CONTENTS◆
1.ベートーヴェン ピアノソナタ第29番《ハンマークラヴィーア》
2.ビートルズ 「レット・イット・ビー」ネイキッド
3.第三回アンケート途中経過

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1. ベートーヴェン
  ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 作品106
  《ハンマークラヴィーア》
  Ludwig van Beethoven
  Klaviersonate Nr.29 B-dur op.106
  "Grosse Sonate fuer das Hammerklavier"

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確かにすごい曲です。それは認めますが……
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ベートーヴェンが残した32のピアノソナタのうち、もっとも巨大な曲ですね。
どの解説を読んでもただただ大絶賛であることに驚きます。クラシックを聞く
立場の人々の評価も同じようなもの。ベートーヴェンのピアノ・ソナタのうち
で、最も長大で難解、そして最高傑作という声しか聞こえません。

★意外に人気がない、、、かも?
すごい作品、難解な作品。でもクラシックファンに人気のあるベートーヴェン
のピアノ・ソナタの上位にはこの「ハンマー・クラヴィーア」は入っていませ
ん。「月光」「熱情」「悲愴」が圧倒的上位三曲、そして「告別」か「ワルト
シュタイン」ですか?「田園」や「テンペスト」「葬送」が続きます。副題付
きの作品ばかりです。「ハンマークラヴィーア」は後期ソナタとしてかろうじ
て視野に入ってきます。

《ハンマークラヴィーア》は、ピアノ・ソナタ作曲家としてのベートーヴェン
の力量を証明する最高傑作とされているけれど、評価だけが先行していて、聞
き手に心底好まれているとは言い難いのではないでしょうか。

★人気のない3つの理由
人気がない理由(←勝手に決めている!)の第一としてあげられるのは、この
作品を演奏できるピアニストはそう多くないことでしょう。現代のピアニスト
の技術的水準は相当高く、弾ける人は大勢いると思われます。でも、聞くに堪
えうる演奏のできるピアニストは間違いなく少ない。

ということはレコード化も当然少ない、つまり作品としての市場で露出が少な
い、これが第二の理由です。レコード会社は当然売れる商品を世に送りたいわ
けです。彼らはこの種の難曲・大曲はマニアにしか好まれないことをよく知っ
ています。有名なピアニストが演奏することによってプロモーションの効用は
あっても、売れるか否かはギャンブルに等しいです。鶏と卵の関係のように、
《ハンマークラヴィーア》は需要供給のバランスが悪く販売戦略上で大変難し
い商品ではないでしょうか。

そして第三の理由は長いこと。演奏時間合計で40分以上に及びます。私が最初
に購入したアシュケナージのLPレコードでは《ハンマークラヴィーア》が一
枚に収まっていました。ピアノ・ソナタが一枚に!ベートーヴェンのソナタの
場合はだいたい15分〜20分の長さが普通です(30分近いものもあるが……)。
そのなんと二倍ですからね。交響曲並の演奏時間。全体の長さもさることなが
ら、楽章の長さが10分以上というのは半端じゃありません(第二楽章は3分足
らずですが、第一、第三、第四楽章は10分以上)。第三楽章なんか17分位あり
ますので思わず眠ってしまいます(笑)。
※基準としているのはあくまでベートーヴェンのソナタの長さについてです

交響曲並に気合いを入れて聞かなければならないピアノ・ソナタが一般のファ
ンに敬遠されるのは納得できます。

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敬遠せずに聞いてみて、初めてわかる魅力
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ここまで読んで、ベートーヴェンのファン、あるいはピアノ曲のファンの皆さ
んは、イライラ、あるいはプッツンしているでしょう?あの偉大な《ハンマー
クラヴィーア》を「コケにしやがって!」とね。ここまで人気がないないとご
託を並べる必要があるのか!


ははは、いつもの私の語法です。
ワンパターンですが、私は世間でいうところの大作をまず疑ってかかるところ
から作品にアプローチするのです。

《ハンマークラヴィーア》は一般的にうけるソナタではありません。通好みと
いいますか、やはりマニア向けでしょう。

では、一般人には縁がない音楽なのか?という問いに答えるとすれば、そうで
もないというのが私のfinal answer。

全曲聞くのが骨なら、楽章ごとに単独で聞いてみればいいんです。あせらずに、
徐々に聞く。すると、私が先に述べた印象をはるかに超えた魅力に富むピアノ・
ソナタであることがゆっくりと実感するのです。

では、どこが魅力的か、楽章ごとに以下に述べてみましょう。

★豪と柔の音色の競演 第一楽章
まず、ダイナミックさに驚かされます。初っぱなから「ズジャーンジャ、ジャ
ンジャジャ、ジャンジャン!」と豪快な和音でガーンと頭を叩かれます。管弦
楽によるオープニングを思わせる見事な演出。ベートーヴェンは最新のピアノ
の響きを体中に感じながらこのフレーズを書いたんでしょう。

ダイナミックな和音のフレーズの後、全く正反対の優しげで暖かなメロディが
続きます。ここがポイント。まるで豪と柔の対比のように、頑強なコードによ
る音と、細かな音の粒が素晴らしいコントラストで輝いています。

第一楽章はひとことでいえば「すごい!」というこのピアノ・ソナタそのもの
の代名詞を証明する豪快なフレーズと、対照的なデリケートな音色によるフ
レーズの競演なのです。そこを楽しめれば長い長いこの楽章を更に楽しめるの
ではないでしょうか。

★第一楽章の変形による遊び 第二楽章
第一楽章の長さに比べてわずか二分半ほどのこの楽章は不思議な位置づけです。
でも底抜けに楽しいです。そして良く聞いていると、第一楽章のダイナミック
な曲想がそのままスケルツォとして変形していることがわかります。短い中に
も明と暗がふんだんに盛り込められリズムの変形も面白い音楽です。他の楽章
の陰に隠れていますが、本ソナタの隠れた目玉。

★観念的、ぐったり疲れる第三楽章、そして深い……
冗談交じりに「眠くなる」と書きましたがまさにその通り(笑)。ベートーヴ
ェンのアダージョは世にも美しい楽章ばかりですが、その期待を見事に裏切り
ます。ユニゾンで始まるゆったりとした冒頭の後和音でメロディが進行します。
最初からもう精神の世界にどっぷりと浸かり、まじめに聞いていれば「おお、
私の人生は、これでいいのだろうか?」と考え込んでしまうとんでもない曲想
です。憂鬱さを更に増長させるのが、その後の右手による小刻みなメロディ。
この部分、私は好きですね。左手が低音でオクターブのフレーズを重ね、音楽
のスケールを大きくしています。ためらうような高音域のメロディも宝石のよ
う。

前に英雄交響曲の第二楽章が「人生の苦悩全てを語っているような音楽」と書
いたことがあります。《ハンマークラヴィーア》第三楽章もそれに似ていて、
やるせない思いに浸れるでしょう。秋の夜一人で心を見つめ直したい時に聞い
て下さい。

★複雑なフーガに頭が混乱 でも、圧巻の第四楽章
前置きが長いスピーチや文章は嫌われます(←お前の文章のこと)が、第四楽
章の序奏の長さは半端ではありません(実際はさほど長くはない。曲想がころ
ころ変わるためそういう印象がある)。序奏ではなくあくまでもラルゴなので
すが、前の三楽章とは全く別物繋がりなどは感じられません。そりゃそうです、
第四楽章の序奏ですからね。それにしてもあれだけ観念的で暗く落ち込みそう
な三楽章の後に一抹の光が差し込んできます。このあたりがベートーヴェンの
素晴らしい演出です。光が差し込み渇いた大地に一滴の水がこぼれ落ちるよう。

そして始まりますよ大フーガ。単音進行だけでなく和音も交え、トリルの渦。
すごいという言葉はワンパターンですが、それくらいしか表現の言葉が見つか
りません。あとは音が巧みに混ざり合う妙を楽しんでください。頭が混乱とこ
のタイトルに書きましたが混乱する感じがするのはトリルのせいです。あくま
でも主音は鳴りつづけています。それを無理に追うことはせず、自然体で耳に
音楽を受け止めましょう。行方がわからなくなれば左手の低音を追っていきま
しょう。そうすれば迷子にはなりません。

途中で突如一小節空白が現れます。その後、三拍子による比較的単純なフレー
ズが続きます。ここも実はフーガになっていることに気が付きます。そのフー
ガは音型を次第に変化させながら再び壮大なフーガへと展開します。いよいよ
クライマックスへの突入。あとは一気にフィナーレへ!

難解難解と何度も繰り返しましたが、冷静に聞けば、そんなこともありません。
通でなくとも、ピアノ曲、あるいはベートーヴェンの音楽に興味のある方なら
誰でも受け入れられる懐の深さがこの曲にはあります。

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実は昨日久しぶりに配信した「ベートーヴェン音楽夜話」でこのソナタのこと
を少し取りあげました。単なる私の雑感にすぎないのですが、その文章で、

「《ハンマークラヴィーア》はメカニカルな曲だ」

と書きました。この作品のゆるぎない構成と、演奏者に求められるいわばサイ
ボーグ的技術(つまり感情を持たず一途に弾きこなす)に対しての印象を単刀
直入に書き表したのです。

本文冒頭で書いたとおりこの曲を弾けるピアニストは現代ならたくさんいるで
しょう。ピアニストに要求される技術はまさにメカニカルでなければなりませ
ん。

問題はピアニストが曲のいたるところに見受けられる細かいニュアンスをどれ
だけ発見し、それを自分なりに表現するか否かです。発見するだけでも難しい
のに、気を抜く暇もない難しい演奏テクニックが要求される中、どうやってそ
れを聞き手にわかるように表現するのでしょうか。一人の両手だけで演奏する
には限界を超えている、そんな作品だと私は感じています。

途方もないメカニカルな世界を超えたその先にある音楽、ベートーヴェンはま
さにその境地を目ざして書き残したのではないでしょうか。彼はこの作品のこ
とをこう語ります。

  「50年もたてば人も弾くだろう」

180年経過し、人は弾けるようにはなったけれど……。

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★私の聞いたCD

ベートーヴェン ピアノソナタ 第28番・29番「ハンマークラヴィーア」
ピアノ:マウリチオ・ポリーニ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FJ1A/musiker21-22

試聴はこちら ※29番は第一楽章のさわりだけ
http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/B000001GXB/qid=1061130825/sr=1-2/ref=sr_1_2/002-0175204-6730468?v=glance&s=classical

ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集
ピアノ:ヴィルヘルム・バックハウス
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FLK0/musiker21-22

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2.ビートルズ 「レット・イット・ビー」ネイキッド

ビートルズ最後のアルバムとして世界的ヒットの「レット・イット・ビー」の
DVDが発売になることを以前書きましたが、今度はなんとあのアルバムが限りな
く原盤に近い状態で再発売されるというニュースが入ってきました。既に業界
では話題になっていますから、ビートルズに興味のある方はご存じでしょう。

ビートルズの解散時はいろんなことがありました。
共に活動することは希になり、例えばポールとジョンのみで録音されて発表さ
れた曲(例:「ジョンとヨーコのバラード」)や、「ホワイトアルバム」のよ
うにそれぞれが自分と懇意なアーチストを率いて別々に録音したりするという、
状態にあったり。

映画「レット・イット・ビー」はバラバラになった四人がもう一度共にバンド
として音楽をすることにより再生を図るための手段でもあったのですが、結果
としてはポールが主導権を握っているような映像編集になり、険悪な雰囲気に
なったとか。この結果ポールはビートルズから脱退を宣言、そして解散へと発
展します。

アルバム「レット・イット・ビー」は映画のサウンドトラックになりましたが、
もともとは「ゲット・バック」という題名のアルバムを想定してスタジオセッ
ションでした。それがどういう経緯かは私は知りませんが、プロデューサーの
手が加わって今発売されている曲構成になります。スタジオセッションの録音
には要所要所にオーケストラやコーラスが加えられ、生の音源にいわゆる加工
がされています。

音源に手が加わるというのは業界では珍しくはなく、そのあたりの様子は、ポ
ール・サイモンが自ら主演し台本も書いた映画「ワン・トリック・ポニー」に
おいてもうまく描かれています。メンバーとしては久しぶりのセッションでも
あり彼らの原点に立ち戻ろうという趣旨をぶちこわすようなプロデューサーの
行為が内心許せなかったのかも、と想像します。

今度の「レット・イット・ビー」ネイキッドは、元の音源を使い、選曲や曲順
も当初予定されていたアイデアに基づいて編集されているそうです。ジョンと
ジョージは既に亡くなってしまい、残されたのはポールとリンゴの二人ですが、
二人ともあの頃の音が戻ってきたと、興奮気味に語っていると報道されていま
す。

少年期にビートルズを聞いて成長したオジサンとしては、この新しいアルバム
を聞き逃すわけにはいきません。同じ思いの方がきっとクラシックファンの中
にもいるでしょう。楽しみですね。

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3.第三回のアンケート
  あなたは器楽派、それとも声楽派? 途中経過

締切は10月1日ですので、少し早いけれど、途中経過を見てみましょう。ほぼ
私の予想通りになっています。(9月28日現在)

■断然器楽曲派(器楽だけによる曲が好き) 62人(32%)
■断然声楽曲派(人間の声が入っている音楽が好き) 12人(6%)
■どちらかというと器楽派 54人(28%)
■どちらかというと声楽派 14人(7%)
■どちらもいいものはいい。特にこだわりはない。51人(26%)

やはり器楽派が多いです。両方あわせて60%でした。
一方声楽派は13%と寂しい結果に終わっています。
といいながらも「こだわりはない」方が意外に多く26%だったことも新しい発
見です。
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コメントを読んで興味深かったのが、やはり歌における歌詞の存在についての
さまざまなご意見です。歌詞の意味がわからない外国語であることが障壁とな
っているのでしょうか。また仮に意味がわかっても音楽は純粋に音楽を楽しみ
たいから歌を敬遠するという方もおられます。文学的表現は音楽には不要とい
うコメントもあり、とても考えさせられました。

一方、声楽派特に合唱派の方に多いのかもしれませんが、歌は好きだが、オペ
ラやベルカント唱法が肌に合わないという方もおられます。

いろいろなご意見を読んでいて、私は人間の声を楽器と同様に音色として捉え
ているんだということを再認識しました。つまり人間の声の音色、言語の発音
の音色を、楽器的に聞いているようです。だからむしろ意味のわからない言語
による歌の方を好むのです。意味のわかる日本語の歌ですとそれこそ集中でき
なくてイライラしています。こういう感覚はかなり異質かもしれません(笑)。

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アンケートはまだ間に合います。10月1日まで投票を受け付け中です。

◆断然器楽曲派(器楽だけによる曲が好き)
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712ae1 >
◆断然声楽曲派(人間の声が入っている音楽が好き)
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712a52 >
◆どちらかというと器楽派
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712ac3 >
◆どちらかというと声楽派
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712a34 >
◆どちらもいいものはいい。特にこだわりはない。
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712aa5 >
■途中経過・最終結果を見る
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/a.cgi?q00016712a70 >
■コメントボード
┗< http://clickanketo.com/cgi-bin/cb.cgi?q0001671290 >
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