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   クラシック音楽夜話 Op.94 2003年6月28日(土)

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1.未完成作品に心奪われるのはなぜ?
2.シューベルト 「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」 D.644
          付随音楽「ロザムンデ」 D.797 全曲

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【はじめに】

テオドール・グシュルバウアーという指揮者のもとで演奏の機会を得たシュー
ベルト作曲「ロザムンデ」が起因となりシューベルトについてもっと知りたく
なった。色々と調べていくと面白いことが次から次へとわかってくる。

今日とりあげる「ロザムンデ」は劇のための付随音楽で、完成された作品であ
る。「完成されている」という表現をするのは不思議かもしれない。が、完成
品はシューベルトの場合重要である。彼は多くの作品を残しているが未完成作
品も多い。スケッチが残っている、楽章が欠けている、完成させたようだが一
部紛失あるいは焼失した、などさまざまな事情はある。なかでも歌劇を含む劇
音楽、付随音楽は半分が未完成。それに彼の代表的交響曲はそのものズバリ
「未完成」ではないか。

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1.未完成作品に心奪われるのはなぜ?

★シューベルトには未完成な交響曲が他にもある

「交響曲第7番《未完成》」。この副題はドイツ語だと'Die Unvollendete'
英語は'Unfinished'。副題はそのまま全世界に認知されている。クラシック音
楽嫌いの人も「未完成」という題名くらいは知っているだろう。歌曲王として
のシューベルトについて忘れてはならないがシューベルトといえば未完成交響
曲というイメージが定着している。

実は未完成の交響曲は第7番だけではなく他にもある。手元の資料によると
「交響曲ニ長調 D.708A」(全4楽章でスケッチのみ現存)、もうひとつの
「交響曲ニ長調 D.936A」(3つの楽章のスケッチのみ)。第7番は幸い第
二楽章までオーケストレーションが完成されていたから現在も演奏されてい
る。この未完成交響曲の人気が高い理由は、もちろん音楽が素晴らしいことも
あるが、《未完成》という題名の強烈なインパクトが人気に拍車をかけている
ともいえるだろう。もしシューベルトが他の未完の交響曲についてもオーケス
トレーションを完成させていれば、「未完成交響曲第1番」とか「第3番」と
いう名称で名実共にシューベルトは未完成交響曲の代表的作曲家(?)として
いま以上に名を残しているに違いない。

完成してこそ作品である。未完成なら作品ではない。だから未完成のまま発表
なんておよそ物を創り上げる人なら絶対にしたくない。シューベルトだって
「未完成交響曲」が未完成のまま堂々と演奏されている現実を見たら目を剥い
て怒るかもしれない。だが素晴らしい音楽家の作品なら、たとえ完成されてい
なくとも、あるいは発表する気になれなかった未発表作であっても、見てみた
い、聞いてみたいという欲求を持つのがファンの心境だ。ところで、われわれ
はなぜこれほど未完成作品に心奪われるのだろうか?

★宙ぶらりんのエクスタシー

それは紛れもなく「宙ぶらりん」状態のエクスタシーがたまらなくいいからだ。

優れた作品を聞く時誰もが感ずるのは「血が沸き立つ」快感だ。今朝から「ロ
ザムンデ」を何度も聞いているが序曲の中盤にさしかかる際に必ずといってい
いほど、血が沸き立ち、いや沸騰しはじめ、まるで極上の酒が体に染みた時の
ように、体も頭も熱くなる。その状態は音楽が終わるまでずっと続くのであ
る。これはエクスタシーと呼んで差し支えないだろう。

ところが未完成作品の場合、エクスタシーは最高潮へと達する手前のまま、そ
こにいる。もっと先を聞きたい、もっと先を読みたい、もっと先へ先へ、、、
という欲求がいつまでも残る。それはやがて不満になり、怒りや切なさにもな
るが、最後は「永遠のあこがれ」へと昇華する。

とるに足らない作品なら「完成させなくてよかったね、ご苦労さん!」という
ことで誰も気にもとめない。多くの未完成作品はそうだ。しかし、シューベル
トの「未完成交響曲」のようにドラマチックな第一楽章、やすらぎの第二楽章
という完成度の高い音楽を残したままにされると、誰もが第三楽章、そして第
四楽章を聞きたくなる。ねぇ、絶対に聞きたいでしょう?

「聞きたい」という欲求はこの交響曲に心奪われた人にとっては生涯続く「あ
こがれ」である。たとえば子供の頃に気になっていた同級生の女の子(彼女は
転校して遠くへいってしまった、、、)のイメージが残り続け、歳を重ねても
いつまでもあのままの女の子が心の中にある(あ、これ男性の場合ね。女性の
場合は「女の子」を「男の子」に置換してイメージしてみてください)ような
感じである。困ったものだ。でもひょっとしてこれも幸せか?

だから研究者などがシューベルトの音楽を調べあげ、シューベルトがいかにも
書きそうな「第三楽章」「第四楽章」を作り「ついに完成した未完成交響
曲!」(完成したら未完成交響曲にはならないか?)などということをやって
はいけない(こいうのありそうですよね。ベートーヴェンの交響曲第10番の
CDを私は所有しています。まだ聞いていないけど、、)。シューベルト以外
の人間が書いた物はしょせんシューベルトの作品ではない。未完成交響曲は未
完成のまま完成しているといえる(←強引な理屈だ!)。

夏目漱石『明暗』や手塚治虫『ネオ・ファウスト』『ルードウィヒ』の完成作
はぜひ読みたいが、それは将来あの世で偉人達と再会する時までの楽しみに
とっておくべきだ。シューベルトも天国で「未完成交響曲」を完成させている
かもしれない。それは副題なしの正真正銘「交響曲第七番」だ。ぜひ聞きたい
ではないか。天国の演奏会におけるこの作品の初演、出演は管弦楽ウィーン・
フィル、指揮はもちろんフルトヴェングラーでお願いしたい。

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2. シューベルト 「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」 D.644
            Overture "Die Zaberharfe", D.644
           付随音楽「ロザムンデ」 D.797 全曲
            Rosamunde von Cypern, D.797(Op.26)


またもや話が脱線した。今日のテーマは「ロザムンデ」であった。

先に書いた通り、交響曲に限らず劇音楽(オペラを含む)もシューベルトは未
完成作が多い。完成したのは10作。そのうち彼の生前に公演があったのはわ
ずか3作。未完成やスケッチの残っているのは9作。焼失したため未完状態に
なっているものも含まれる。多くはよほどのシューベルトファンにでもなけれ
ば一般的に知られていないし、残念ながら長い間注目もされてこなかった。近
年再評価されているらしい。付随音楽として残っている完成作品は「魔法の竪
琴」序曲と「ロザムンデ」だけである。だから「ロザムンデ」は貴重な作品な
のだ。

やっと今日の本題だ。

さてこれは劇の付随音楽であるから、できれば劇のあらすじなどを知りたい。
ところが私の持っているレコードの解説には「台本が今日残っていないので劇
の内容はもとより、シューベルトの曲がどの場面で用いられたか、正確には不
明」(小林利之氏筆)とある。困る。せっかく関心をもちはじめた題材だ、
もっと知りたい。ということでインターネットで国内外のホームページを調べ
た結果、次のようなストーリーであることがわかった。

★ファンタジーの常道をいくシンプルな物語

題名は「キプロスの女王ロザムンデ」というのが正式なタイトル。貧乏な未亡
人に育てられた娘が実はキプロスの王位継承権のある姫でありある日突然女王
になる。なぜ娘が外に預けられたのか理由はわからないが、一夜で世界が変
わっていたとはこのことだ。だが、国には政権を狙う輩がいて陰謀を企てる。
彼女との結婚をもくろんだり、挙げ句の果てに毒殺などを。王女の運命やいか
に?という危機一髪の所で、ファンタジーの常道、若き青年が彼女を救いに来
る。セーラームーンが危機の時にかならず現れるタキシード仮面のように。王
女は救われる。しかもその青年は王女が子供の頃に将来結婚するべく定められ
た許嫁であったこともわかる。めでたしめでたし。映画にしたらきっと映画館
が閑古鳥を泣きそうなクサイ物語である。が、劇やオペラはストーリーが単純
な方がわかりやすくっていいのだ。この劇を見てみたい気がするが、台本がな
いのなら仕方がない。ということでシューベルトが書いた音楽だけが残ってい
る。

★序曲+10の楽曲、その全貌

曲は序曲と10曲で構成されている。なぜ序曲を入れないかって?この序曲、
実はもうひとつの付随音楽「魔法の竪琴」の序曲なのだ。つまりシューベルト
は「ロザムンデ」のために序曲を書いていない。時間がなかったのが主な理由
のようである。また当時はいろいろな音楽を使い回すことはよく行われていた
ようだ。初公演時には彼のオペラ「アルフォンゾとエストレッラ」の序曲を転
用したという説や、実際には「魔法の竪琴」を使用したという説があるようだ
が、現代、「ロザムンデ」の序曲といえば「魔法の竪琴」D.644のことをさ
す。

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《序曲》
この一曲だけでも充分聞く価値のある序曲だ。事実この序曲が最もポピュラー
で録音も多い。全体は三部に分けられそれぞれが美しいメロディと躍動的な弦
楽器や緑の風のような木管楽器で彩られている。序奏部はおごそかなユニゾン
で始まる。一瞬ゴジラのテーマかと思い違いしそうな冒頭だが弦楽器のダイナ
ミックな音色は気持ちがいい。すぐに木管楽器のメランコリックなメロディが
現れる。メロディを低音弦楽器が受け継ぐ箇所が特にいい。やがてヴァイオリ
ンによるメインテーマ。これがいいんだなぁ。メロディメーカーのシューベル
トならではの曲想だ。先週からずっと頭を離れないこの旋律。口ずさみながら
道を歩いていれば心も軽やかで明るくなる。バックで控えめに鳴るベース音も
効果的。この美しいメロディはやがてクラリネット、オーボエソロによる第二
テーマに受け継がれ音楽も曲調もクレッシェンドだ。聞いていて自然と気持ち
が高まってくる。それほど素晴らしい。
「ロザムンデ」で最もポピュラーなのはこの序曲だろう。録音も数多い。それ
もうなずける充実した音楽。

でも、読者の皆さんには、序曲だけでなくこの後の音楽もぜひ聞いて頂きた
い。楽しみはまだまだ続くのだ。
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《間奏曲第1番》
日本古謡「さくら」が主題に使われている希有な音楽。というのはジョークで
すから真に受けないで下さい。でも序奏後メインメロディ冒頭の一小節は似て
います(←似てないって!)。序曲とはうって変わり予断を許さない場面設定
になるような、つまり悲劇を予感される雰囲気である。弦楽器のダイナミック
な動きに注目したい。ティンパニーのドカンというアクセントが印象的。第二
主題はこれまた美しい弦楽器と管楽器のハーモニー。クライマックスの激しさ
は圧巻!最後金管楽器のハーモニーを残す。この余韻には不思議な気持ちにさ
せられる。間奏曲後に繰り広げられるのはどんなシーンだろう。
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《舞踊音楽 第1番》
「間奏曲第一番」と前半は同じなので録音ミスかと勘違いするが、舞曲が展開
するにつれて曲の雰囲気は徐々に変わり木管楽器の美しい音色が堪能できる。
舞曲の継ぎ目で現れるホルン音の余韻がいい。クラリネットとオーボエのソロ
を特に聞いてほしい。やがて弦のトレモロ先導で低音楽器の深いメロディと木
管楽器の会話。牧歌的なメロディがオーボエ、フルート、クラリネットへと受
け継がれる。ここの箇所はまさに夢の世界か?
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《間奏曲 第二番》
ゆったりとした合奏はどこかもの悲しい。常にハーモニーでメロディは進む。
弓を使わず指による音で弦がまるで運命が押し寄せるように静かにクレッシェ
ンドしてくるのが、なんとなく怖い。ハーモニーは美しいのに、背筋がぞっと
するのはなぜだ?最後に現れるトロンボーンのメロディは後の曲へつなぐメッ
セージかもしれない。
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《ロマンス「満月は輝き」》アルト独唱
木管楽器の静かな前奏に続き、深いアルトの歌声。前奏は長調なのに歌では一
転し短調。これがまた深い叙情的なメロディ。さすがメロディメーカーだ。間
奏と歌との見事なコントラストを楽しみたい。
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《亡霊の合唱「深みの中に光が」》男声合唱
男声合唱ファンの皆様、ついにシューベルトの男声合唱曲の登場ですよ!何も
言うことはありません。このハーモニーの醍醐味を堪能しましょう。途中の不
協和音を含む和音の動きの見事なこと。どちらかといえばポリフォニー崇拝者
である私もこのホモフォニーを聞けば考えを変えざるを得ません。圧倒される
素晴らしさ。表現の言葉が見つかりません。
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《間奏曲 第三番》
弦楽四重奏曲第13番第二楽章にも登場する有名なこのメロディ。清涼で暖か
な音楽に心奪われます。中間部のクラリネットソロはがまたメランコリックで、
いい味が出ています。
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《羊飼いのメロディ》
ホルンのシンプルなハーモニーをバックにクラリネットが奏でる間奏曲的存
在。だが不思議な存在感。
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《羊飼いの合唱「この草原で」》混声合唱
前の曲と同じようにクラリネットのメロディが先導しホルンに受け継がれる前
奏。合唱のハーモニーがとにかく素晴らしい。中間部では4人のソリストによ
る重唱がある。合唱と重唱の音のコントラストが楽しい。
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《狩人の合唱「緑の明るい野山に》混声合唱
男声合唱、女声合唱、そして混声合唱と一度に三種楽しめる。題名の通り狩人
の合唱。キプロスが舞台だが、この曲を聞く限り私には低オーストリア州の明
るい野山の光景とオーストリア風民族衣装をまとう人々が踊っている様子が目
に浮かぶ。
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《舞踊音楽 第二番》
終曲も舞曲。おそらくハッピーエンドの王女と許嫁が舞踏会で幸せに踊る場面
なのだろう。聞くだけで優雅に踊りたくなってしまう。終曲にしては派手なク
ライマックスもないが、上品な雰囲気は、かえってこのストーリーにぴったり
かもしれない。
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★私の聞いたレコード
SLA-1132
シューベルト
「ロザムンデ(魔法の竪琴)序曲」 D.644
付随音楽「ロザムンデ」 D.797 全曲
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:カール・ミュンヒンガー
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団(合唱指揮:ノルベルト・バラチェ)
コントラルト:ロハンギス・ヤシュメ

【musikerコメント】
この録音は素晴らしい。特に序曲、そして合唱の入った曲は最高。

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シューベルト 劇付随音楽《ロザムンデ》全曲
指揮:クラウディオ・アバド
管弦楽:ヨーロッパ室内管弦楽団
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