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   クラシック音楽夜話 Op.96 2003年7月10日(木)

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スクリャービン 交響曲第4番 作品54 《法悦の詩》

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★血が騒ぐ音楽

一年半前頃に藤沢に帰った時家族で入った楽器&レコード店。家族はドラムや
ピアノなど楽器を見ている中、私はレコード売り場へ入った。入ったとたん店
内でかかっている音楽、題名はもちろん知らないのだが、妙に心を捕らえた。
普通の音楽ではない。胸騒ぎがする。血の流れを刺激するというか、知らず知
らず感情が高まってきてしまうのである。驚いた。身震いがした。

トランペットの音とフルートなどの木管楽器の騒がしさ。それでいて艶やかな
メロディと音色なのだ。聞いたこともない音楽だった。私はしばらく店内で足
を止め聞き入っていた。

さっそくレジ横の今演奏中のCDを見に行く。当時よく名前も知らない指揮者
によるCDで「春の祭典」。でも聞こえているのは聞き慣れた「春の祭典」で
はない。CDタイトルの下にもう一曲記載されている。「法悦の詩」。え?

★法悦=エクスタシー=宗教的恍惚

この題名意味深だ。「法悦」という言葉を知らない人(実は私もだった、、)
にはなんやらわからん。英語を読んで初めて合点。"The Poem of Ecstasy"。
エクスタシー!。わかったでしょう?

でも、この作品は必ずしも我々(←お前だけだって)が想像する古今東西人類
永遠のテーマについてとりあげているわけではない。精神的エクスタシーとい
うものもあるだろう。それに題名はともかく曲だけ聞き私は足を止めた。音楽
だけでそれほどインパクトがあったのだから。魔力であったことは間違いない。

俗物的先入観でこの音楽を見てはいけない。恍惚は恍惚でも、官能的恍惚とい
うよりスクリャービンは宗教的恍惚を表そうとしたのである。神秘和音という
音楽による精神の世界に彼は傾倒していたらしい。だからこの独特の音色と和
音なのか!

★全音音階の摩訶不思議

このメロディの特徴はどうも彼がのめりこんでいた全音音階にあるようだ。こ
こで唐突に専門用語を出すのはためらうけれど、ヒントになりそうなので述べ
ておく。

西洋音楽の音階はドからドまで8音で構成されている。ピアノの鍵盤を見ると
わかるように間に7音(ドレミファソラシ)ある。ところが全音音階とは7つ
ではなく6つの音で構成するのだ。普通はミとファ、シとドは半音になってい
るから黒鍵が間にない。
だが、全音音階とは6音というと、
ド−レーミ−(ここからが違う)ファ#−ソ#−ラ#−ド
となるのだ。

手元に楽器がある方は試しに鳴らしてみるといい。ね?不思議でしょう。わか
りやすい例でいえば、最近新たに始まったアニメ「鉄腕アトム」の昔の主題歌
(実写版ではなく、アニメのです。実写版なんて知らないよね?)の前奏のメ
ロディがまさにこの全音音階的だった。

ということを音楽事典で知った。調べてみるものだ。なるほど、あの摩訶不思
議なメロディにはこういう秘密があったのか!!

★さまよう怪しげな音楽

なにしろ最初から怪しげである。フルート、トランペットの満身の音色を受け
止めるのはホルンのバックとオーボエのささやき。ハープ付きで木管楽器の合
奏が心騒がせる。でも美しい音楽なのだ、本当に。しかし、何か物騒ぎ。アレ
グロになってからの音の展開に度肝を抜かれる一方で柔らかな木管楽器の音色
やヴァイオリンのむせびなきにもうっとり。しかしすぐに管楽器がざわめき立
てる。心休む暇はない。ドラの音、トランペットのさまよい。この繰り返しだ。

甘くせつないメロディがまるでさまようように、この曲の音楽に行き所という
ものがないのだ。時にリヒャルト・シュトラウス、時にマーラー。いや音楽的
にはこの両者のほうがまだ受け入れやすい。スクリャービンはまた別の世界へ
ネットで流行っている言葉を使えば「逝っちゃって」いる。

★足を止めさせた演奏の主はあのゲルギエフ

なんだかわけのわからないコメントになったが、店内で聞いたのはワレリー・
ゲルギエフ指揮、キーロフ歌劇場管弦楽団による「春の祭典」と「法悦の詩」
がカップリングされているCDである。

藤沢のレコード店では「春の祭典」について、

「すごい!本当にすごい!こんなすごいハルサイやっちゃうと、頭が○げてし
まいますよゲルギエフさん」

というような店員のコメントがあり私は思わず笑ってしまった。そして思わず
買ってしまった。うーむ。うまい演出である。こういうコメントのファンにな
ったので私は藤沢へ帰るたびにこのレコード店へ足を運ぶ。

「春の祭典」もすごい。この演奏は野性味溢れていてまさに血が騒ぐのだ。で
も、なんといっても「法悦の詩」である。これを聞けば夜眠れなくなること保
証するから、万人にはお勧めできないけど、禁断の果実のつもりでお試しいた
だくのもいいかも。トランペットの活躍と金管楽器、むせびなくフルート、そ
してパーカッションが圧巻!

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★私の聞いたCD

UCPP-1035 PHILIPS
ストラヴィンスキー バレエ《春の祭典》
スクリャービン 交響曲 第4番 作品54 《法悦の詩》
キーロフ歌劇場管弦楽団 指揮:ワレリー・ゲルギエフ
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005LL9C/musiker21-22"

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【あとがき】

ここのところエッセイめいた文章やら耳に心地よい音楽ばかりとりあげていた
のでたまにはこういう音楽もいいでしょう。一年前から取りあげるタイミング
を待っていた曲でした。

前号でオペラが高すぎることを嘆いてしまいましたが、今無性にゲルギエフ指
揮のキーロフ歌劇場公演が観たくて仕方がありません。でも入場料を見れば、
目の玉が飛び出そうな金額。生は無理でもビデオかDVDと思いきや、ある
けれどあまり種類がないのが残念。

長くあこがれていたクライバー指揮の歌劇名演や、そしてなんといってもベー
トーヴェン「フィデリオ」も見たいな。面白くないテレビを見ているほど暇じ
ゃない。人生は短いから。

では、Op.97までお元気で。

(※100までカウントダウンが始まっている……、、、)